人間にとっての時間、そして「恩送り」
物理学において、時間の進行は必ずしも一方向ではなく
可逆的なのだそうだ。
映像の逆再生と同じような現象が充分に(物理学的には)存在するし、そのことも確かめられているという。
宇宙の初まり「ビッグバン」の時に、
プラスの電荷を持つ陽子が原子核の中に配され、マイナスの電荷を持つ電子がその周囲に帯びるようになったのが今、私たちが生活している世界なのだそう。
しかし、「ビッグバン」の時には同時に、
マイナスの電荷を持つ量子が原子核の中に配され、プラスの電荷を持つ量子がその周囲に帯びるような世界(パラレルワールド)も生じているはずなのだとか。
そうでなければ物理学的に説明がつかないのだという。
物理学においては、そうかもしれないが、
現実にこうして生きている私たち人間にとって、そうは言っても時間は不可逆的である。
決して遡ることができない以上、進むしかないのだから、
恩返しは(人間にとっては)不合理でしかない。
社会システムなど、より大きな存在にとっては違うかもしれないが、
少なくとも人間は「恩返し」よりも「恩送り」するのが自然体で心地よく過ごせる在りかたなのだと思う。
もちろん、何(誰)を対象に「恩送り」するかを決めるのは当然ながら本人だし、
そこに本人の人生観や意志が現れるのだろうと思う。
(流されて生きている人でも、流されながらも最終的に本人が決めて動いていることに変わりはない。)